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2014年6月5日木曜日

偶成

 本日午前、関東甲信・北陸の梅雨入りが発表されました。梅雨入り宣言すると得てして空梅雨だったという年も多いですが、今年は宣言通り早々に梅雨らしい長雨が続くようです。鬱陶しい梅雨が明ければ猛暑がやって来て、しばらくは残暑が続き、今どきは10月の初めぐらいまでは暑かったりしますから、早く10月中旬あたりになってほしいものです。
 雨が降り続けば空気もじっとりとして、気分もふさいできて、休みの日も家に閉じこもりがちになります。そんな時こそ部屋でゆっくりと小説など読んでみるのはいかがでしょうか。と、とってつけたように本屋の売口上ようなことを言ってしまいました。
 音楽療法で「同質の原理」というのがあって、落ち込んでいる時に明るい音楽を聴くのは逆効果で、むしろ短調の悲しげな音楽を聴いた方が、沈んだ気持ちと同調して心が安らぐのだそうです。その理屈で、梅雨の鬱陶しさとマッチする小説を選んでみます。
 
『秋立つまで 他三編』嘉村礒多
岩波文庫 2001年2月22日第5刷
リクエスト復刊帯       
SOLD OUT


 嘉村礒多(1897〜1933)は、いわゆる私小説という自分の身辺に起きたことを題材にした小説を書く人の中でも抜群に陰鬱です。嘉村の小説は、妻子を故郷に棄て駆け落ちした女性と主人公(つまり嘉村本人)との極貧生活を書いたものがほとんどで、そこには郷里の親族との確執や己の因果な性格が生み出す悲しみが非情で苛烈な筆致で描かれています。その絶望かげんに圧し潰されそうになりますが、これ以上ない切羽詰まった状況に及んだところで、とつぜん切断されたように小説は終わります。読む者は茫然とするしかありません。
 

 葛西善蔵(1887〜1928)は嘉村の師匠にあたる人です。葛西の作風も私小説ですが、文章は嘉村よりずっと野放図で明るい感じがします。生活苦で我が子を連れて家を追い立てられるあたりは、本来ならばかなり悲惨なはずですが、いちいち行動が世間の尺度から度外れているので、読むとかなり笑えます。嘉村の勝手に思い詰めて、変なふうに行き詰まるところも実は笑えますが、葛西善蔵の場合は、素っ頓狂で頓珍漢な倫理感とそれに基づく行動が爆笑を誘います。
『子をつれて 他八編』葛西善蔵
岩波文庫 1995年10月5日第8刷
リクエスト復刊帯       
SOLD OUT
   同質の原理によれば、悲しみに浸りすぎていると戻ってこれないおそれがあるそうですから、あまり嘉村礒多ばかり読んでいるのは危険でしょう。嘉村→葛西の順番で読むのがいいと思います。小中学生の皆さんは、梅雨が明ければすぐに夏休みが始まりますね。読書感想文にはぜひこの2人の小説をおすすめいたします。


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